スタイリストから見た「即位礼正殿の儀」ドレスコードについて

スタイリストの長友妙子です。

芸能人、舞台人、政治家、ビジネスエグゼクティブなど、第一線で活躍する方のためにスタイリングを36年間手がけてきました。

テレビ出演や記者会見のような仕事上のシーンから、プライベートまで、その方が最高のパフォーマンスができるよう、総合的なスタイリングを行なっています。

先日、「即位礼正殿の儀」の際の首相夫人のドレスに注目が集まってますが、ここまで話題に上がるのも、ご覧になった多くの人々が違和感を覚えたからでしょう。

私も専門家として強い興味を覚えましたが、批判的なコメントのほとんどが、ファッションについて専門外の方からのもので、中には心無い中傷誹謗も多くありました。

最高のドレスコードが求められる先日の儀式のような場こそ、私が常に仕事をしているシーンであり、こうした機会がただのバッシングで終わるのではなく、日本のファッション文化が成長する機会になればと思い、考えをまとめてみることにしました。

「即位礼正殿の儀」のときのドレスは、色はオフホワイト、丈は膝丈で、袖がベルスリーブと言われるとても個性的なデザインのものでした。以前にも着られたもことがあり新調されたものではなかったようです。

内閣総理大臣決定として発表された「即位礼正殿の儀の細目について」では、「ロングドレス、デイドレス、白襟紋付きまたはこれらに相当するもの」と決められていたそうで、おそらく多くの方が知りたいのは、あのファッションはドレスコードとしてマナー違反ではなかったか、ということではないかと思います。

私の答えとしては、「ドレスコードとして間違いではないとしてもファーストレディの装いとして相応しくはなかった」とさせていただきます。

もしもあのスタイリングが私の仕事だとしたら完全にNG、絶対にしない選択です。

デイドレスは良いとされていたとして、ドレス自体が完全なマナー違反ではなかったとしても、最前列に座ることや、万歳三唱をする儀式の流れは承知だったはず。お膝が丸出しになってしまうシーンが多くの人の目につく状況は予測できたはずです。

今回のような格式の高い儀式に、オーダーメイドの膝丈のドレスを選びそれがどのような結果を招くか、疑問に思わなかった姿勢に、首相夫人のお支度として配慮に欠けたと思うのです。

なぜ膝丈ぎりぎりのドレスで出席してしまったのか、そのことでどのような姿が現場でたくさんの方の目に止まるか、メディアで国内外に知れ渡りどのような印象を与えるのか、そこまで想定出来なかったことが大きなミスです。

一番大切なのは、ドレスコードが正しいか正しくなかったかではなく、スタイリングの結果「どのような印象を与えるか」という点で、あれほどの戸惑いや反感を与えてしまったのであれば、やはりそこには配慮が行き届いていなかったと考えざるを得ません。

改めて着ていたドレスについて何がミスマッチだったかを検証してみます。

国家的な記念となる儀式ですから、これからも長く語り継がれるだろうシーンに対して、トレンド(流行)が色濃いベルスリーブは自己主張が強すぎてこの場には相応しくありません。

実際、あの袖に対して、様々な揶揄が飛び交ったことを考えると、多くの人の目に真っ先に止まることになってしまいました。個性の強さが裏目に出てしまったということです。流行が過ぎ去った後、色あせた印象を与えることももちろん考えなければいけません。

マスコミによると2回目の着用とのこと、着回しを否定するつもりは全くなく、サスティナブル(環境等に配慮したリサイクル)の観点からも前回の国際会議のような場や他のオケージョンで活用はいくらでも出来たと思います。

しかしながら、今回は皇室行事でも一生に一回の大きな行事であって、ここはやはりロング丈のドレスを新調されるか、無難にお着物にされるべきかではなかったでしょうか。

要は格式高く、流行り廃れのない伝統的なものを選ぶべきだったと思います。そして、この日の主役は首相夫人ではないわけですから、個性を主張しすぎる印象が反感を買った面もあるのではないかと思います。上質でありながらも、主役の方々を引き立てる服が選ばれるべきだったのです。それが品格やエレガントということです。

もしも何かの理由で、どうしてもあのドレスを着用されたかったのであれば、個性が強すぎるベルスリーブを6センチ小ぶりにする、丈をあと10センチ長くするなど、リメイクすることも時間的対処は可能だったはずです。

欲を言えば、肩から腕にかけてもピッタリし過ぎてシワが入り、年齢的に丸くなった肩に目がいき美しく見えませんでした。アームラインをあと2センチ広げるなどして、指1本分入る余裕の袖まわりにすれば、今回のような強烈な負の印象は与えなかったかもしれません。

お直しは、一流と言われる方々のスタイリングについてはなくてはならないものです。シーンや、その方の体型に少しでも合っていない服のお支度は、それだけで”準備不足”という印象を与えかねません。大切な儀式に”準備不足”で参列されることに対して、首相夫人というお立場の方が、天皇陛下、皇后陛下の大切なお式を尊重されていないという印象を広げてしまったのではないでしょうか。

そもそも、スタイリングはその服を着る方だけではなく、一緒にいる方々とのバランスや相性を必ず考えて行うものです。燕尾服の安倍首相とのバランスも良くありません。ですから、やはりドレスの選択自体が間違いだったと言わざるを得ないと思うのです。

どうしてこのようなことが起きてしまったのかを考えてみると、恐らくはこの日の首相夫人のお支度に関わるチームがうまく出来ていなかったのではないかと思います。首相夫人にのみ批判が集まっているように感じていますが、「首相夫人」という公の立場でのお支度になるわけですから、個人の好みや力量ではなく、関わる方々が多角的に総合的に判断や準備をされていれば、この騒動にはならなかったと思います。

式の趣旨や首相夫人のお立場から、この日に必要な態度や配慮を考える人、

服自体の製作や調達を行う人、

小物やバックなど、アクセサリーなども合わせて、着用した姿を検証する人、

当日、アクシデントに際してサポートをする人、

より美しく見えるよう目を配る人も必要です。

もちろん、本番に立たれるご本人もこのチームの中の重要なお一人です。

私はこれを一人で担うことも少なくありませんが、少なくとも役割としては上記のようなことが考えられ、決して服を着る人一人で演出するものではないということをお伝えしたいのです。

まず、デザイナーは服を作ることに長けたクリエイターです。ここに特化して活動しているデザイナーも多いことから、デザイナーにのみ頼りすぎると、周りとの調和などへの配慮が欠落しがちです。デザイナーの芸術心や野心から、デザインの主張が出てしまうことも大いにあり得ます。ただし、このようなフォーマルなお立場としての装いに大袈裟なデザインは必要ありません。あくまでも品格を保つエレガントな装いが見ている我々を安心させるのです。

かといって、古風で保守的なデザイン一辺倒であってもいけません。先にトレンドの話をしましたが、トレンドの要素が全く必要ないというわけではなく、スパイス的に使う必要はあり、ちょうどいいバランスがスタイルを完成させるのです。

その客観視できる審美眼と感覚を持ち合わせるスタイリストがファーストレディには必要不可欠だと長い間思い続けてきました。デザイナーがドレスコードに沿うパーソナライズしたスタイリングに仕上げていく作業はデザイナーだけでは不可能なのです。

シューズやアクセサリーのコーディネートにおいても完璧なスタイリングを目指すならば、スタイリングの難易度はさらに上がりますが、それを求めらるのもお立場上しかたのないことです。

各国からの来賓がもしもこうした最高レベルのチームに支えられているとしたら、今回の首相夫人のスタイルは、恐らくは良い印象は持たれなかったのではないかと思います。それは首相夫人個人に向かう印象ではなく、日本という国の文化レベルに対しての印象になったのではないでしょうか。

デザイナーは服を作るプロで、スタイリストは細部を調整しながらスタイリングしていくのが仕事です。主催者から通達される趣旨を理解し、スタイリストが、デザイナーに細やかなリクエストすることによって、より完璧なスタイルが完成すると確信しています。このようなチームワークがあったとしたら、きっとこのようなトラブルは起きなかったと思っています。

首相夫人という、ある意味、国の印象を大きく担う方の装いに対して、恐らくは日本のファッション文化の中で成熟していない部分が今回際立ってしまったのではないでしょうか。

長年、ファッションの仕事に従事するものとして、ずっと危惧してきたことが、このような大切なシーンで起こってしまったことを大変残念に思いますし、この分野を担う者として歯がゆい思いがいたします。

まだまだ日本のファッション文化は一流ではない。そこから変えていきたいと強く願う出来事でした。

もしも私に、この日のスタイリングオファーをいただけていたら、私が選択したのは、長身を活かしたスレンダーラインのロングドレスです。全体がネイビー色(ミッドナイトブルー)のウエスト切り替え、

トップはシルクサテン無地、ウエストから下は全体レース、もしくはサイドなど部分的にあしらう、他にオーガンジー素材とレイヤードするなどして柔らかいニュアンスをもたせるなど。

あくまでもシックで華やかさが失せないようにヘアスタイルもヘアメークの方とよく相談したいところです。

そしてやはり新調するにあたっては、信頼のおける有名デザイナーと相談してデザインをおこす作業から始めると思います。

普段、私はハイブランドのドレスをお勧めすることが多く、日本のデザイナーの方にオーダーをお願いすることは限られておりました。ただ首相夫人は日本のデザイナーの服を着用し日本のファッションを海外に発信するのもお役目とお考えと何かで拝見しましたので、それについては共感するともに、インバウンドのことを考えても、今回の儀式では日本人デザイナーの選択に賛同いたします。

美しく聡明な印象の首相夫人が、安心して素敵な装いで活躍される事を、陰ながら応援したい気持ちでおります。1日も早くこうしたファッションの重要性が理解され、スタイリングのためのチームが編成されることを願ってやみません。

その際には必ず首相とのトータルなパートナースタイリング、すなわちミスター&ミセス ファッションを行っていただきたいと切に願います。

スタイリスト長友妙子 /パーソナルスタイリスト

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